【自己分析】好きな事、嫌いな事のルーツは子供の頃にある

子供の頃に「何があったか」。
特に嫌な思い出や辛い想いでは、大人になった今でも引きずり続けている事が多いです。
小学校、中学校、高校。強烈な記憶であれば、はっきりと覚えているます。
そして、そうではないけれど「あ、これ嫌だな」とか「好きだったな」というものもまた、覚えていなくても記憶しているのです。

目次

人間が苦手になった理由

学生時代、私は先生には恵まれていましたが、クラスメイトはそうではありませんでした。
私のクラスはいわゆる「問題児」のクラスで、真面目であったり、おとなしかったりする生徒は少数。
あとのほとんどは、先生を泣かせるくらいに暴れたり、暴言を吐いたり、不良であったり、そういう子供達ばかりでした。

私が仲の良い友達は、いわゆるオタク系と言いますか、特に問題を起こすことなく地味に過ごしているタイプでした。
授業も普通に(居眠りしてしまうことはありましたが)受けて、ごく普通に過ごしていました。
そんな私達からすると「あの人達、何であんな事をするんだろう?」と本気で思ったものです。

何が気に入らないのか、何が嫌だったのか。
その辺りは今も分かりませんが、とにかく暴れて、騒いで、酷いものでした。
それが小中高と、進級しても人が変わっても続いたものですから、人間って嫌だなという気持ちが自然と自分の中に根付いてしまったんですよね。

それが気づくと人間が苦手、という部分に繋がってしまいました。

柑橘類が苦手になった理由

これもまた似た話なのですが、中学校の時まで私は、柑橘類が普通に好きでした。
みかんにオレンジ、はっさく。美味しいですよね。
学校の給食でも出たんですが、それが皮をむくのがどうもうまくいかなくて。

汚い話になりますが、あまり上手に食べられなかったんですよ。
それを見て同級生が、

「そこまでして食べたい?」

と言ったんです。これがね、結構ショックで。
綺麗に食べられなかった私も悪いんですが、面と向かってそんな事を言われて、食べるのが嫌になって。
それから柑橘類が食べられなくなってしまいました。

え?そんな事で?
と思うかもしれませんが、そんな事で人って、食べられなくなるんですよ。
何気ない一言でも、自分にとっては大きなものなんです。

今は少しは食べられるようになりましたが、それでも皮をむくたびに、当時の事を鮮明に浮かんできます。
あの、おかしなものを見る眼差し。
そして言葉。
多少は記憶で歪んでいるかもしれませんが、それでも毎回思い出します。

苦手を辿れば、子供の頃にたどり着く


何でこれが苦手なんだろう。
何でこれが駄目なんだろう。
はっきりとした理由は浮かばなくても、ぶちあたる「苦手」なもの。

社会人になって、働き出すとより思うのですが、理由がわからなくてすごくもやもやして、苦しくなったことはありませんか?
私も「何で?」とずっと悩んでいました。
特に人間関係が上手く築けない事ですね。

今も連絡を取ったり、一緒に遊ぶ友達はいます。
彼女達とは喧嘩もしたりもしましたが、それでも今も縁が続いています。

でも仕事ではダメで。どうしても上手く行かない。
何とか表面上だけ取り繕って必死で頑張っても、無理をした分、どこかでほころびが生じてミスを犯す。
それが精神的な部分によりかかってしまい、心が病んでしまう事も多いです。私もそうでした。

そうした後で分かったのは、苦手なものが苦手で良いということ。
日本は「皆と違うと駄目」という風潮がありますが、そもそも、同じになるわけないんですよね。

苦手な事は努力すれば出来る。
確かにそうかもしれませんが、苦手なことを努力するより、得意なことを伸ばす方がずっと、自分の力と心のためになると思います。

嫌だな、と思う事のお話をしてきましたが、その逆に「好きだな」と思うことのルーツも、やはり子供の頃にあるんです。
自分について知るために嫌な記憶をたどるのも大事な事ですが、それと一緒に、好きなことのルーツも辿ってみたら、気持ちがちょっと楽になりますよ。

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