人から嫌われることって嫌ですよね。私も嫌です。
人の目なんて気にしない、とか。
嫌われる勇気をもとう、とか。
色んな意見がありますが、それでもやはり、私は嫌でした。
人を嫌う事はパワーがいるけれど、人から嫌われることも、自分を何とか保とうとするためのパワーがすんごくいるんですよね。
目次
人は鏡だとは言うけれど
嫌っている人、嫌われている人。
よく、それらは自分と似た人であると言われます。
自分と似ている、自分の中の嫌な面がその人にあるからだって。
確かにそういう面も一部はあります。自分がついついしてしまう、自分でも嫌だと思うこと。
そういう事を、相手の人もしてしまうのを見て、ああ嫌だなって思う。
あとは自分が嫌だなと思っていて「ぜったいに〇〇するだろう」って予想したら、その通りになった時とかね。
大体、想像通りになるもんですから、よけいに嫌なもんです。
人は鏡。自分が嫌えば、相手も嫌う。それと同じく、自分の嫌な面が相手の嫌な面と重なる。
自分が治せば、自分が気を付ければ。そんな言葉で解決できないくらい。
人が鏡だと言うのなら、その鏡をたたきわりたくなるくらい、嫌いな気持ちが増すんですよね。
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嫌いなら嫌いで良い
私も嫌いなら嫌いで良いと思います。
でも、それと関わらなくてはならなくなった時。
そんなことは社会人になったら腐るほど経験しているんですが、最低限の会話で仕事をすること。
私もそうしておりましたが……何ていうか、そうしていたら心が病んでいきました。
我慢すればよい。
気にしなければ良い。
これね、そうしようとすると余計に気になって、逆効果だったんですよ。
我慢よりも気にしないよりも、一番効果的だったのは「無関心になること」でした。
相手が「どうでもよい道端の石ころ」くらいの認識なら、怒りも何も湧いてきませんから。
好きの反対は嫌いではなく無関心という言葉がありますが、まさにこれでした。
自分を否定される権利誰にもはない
だってあの人が悪いんだ!
あいつが悪いんだ!
って嫌われていると、訴えたあとの陰口の先には、必ずそれが出てきます。
こちらからすれば「そっちがそうだろ!」って言いたくなりますよね。
結局、どうしても強くなるのは社交的で、味方を作りやすい、口が上手い人間です。
口下手ではなかなか勝てません。
それを職場が信じたら最悪ですが、よくよく考えると、そんな片方だけの意見を信じる職場なんて、この先もずっと同じことを繰り返すだけです。
人は変わりません。大人なんて余計にそうです。
人を変えるより、職場を変える方がずっと楽です。
次の職場がどうなるか、仕事がどうなるかという不安はありますが、涙が出たり夜眠れなくなるくらい辛いなら、仕事なんて放り投げて逃げてしまって構わない。
働き方は色々あります。どう生きていくかを考えようとするのは、どんな年齢だってかまわない。
どんなに仕事が出来たって、どんなに真面目に働いたって、ただ要領の良い人間や、相手を蹴落とした人間だけ優遇して出世する会社もあります。
働きやすいか、やすくないか。それで生き方を決めたって、良いと私は考えます。無理をしないのが一番大事。