『恥』から考える仕事のミスや失敗からの恐怖の取り除き方

社会時になってから「恥をかかされた」という言葉を聞くようになり、それから何年も経った今、どうやら自分は「恥」という感覚による沸点が人よりも低いのではないかと思うようになりました。例えば外的な要因で仕事をミスしたり、間違った事をしてしまったり、そう言った時に「恥をかいた」と聞くことが多いような気がします。あくまで自分のミスではなく「他人の」というのがミソですね。

私自身は外的な要因で何かあっても「間違ったらしゃーない」「自分もあるある」みたいな感覚になるのですが、他人の怒り方を聞いているとどうやら違うようで。なので改めて「恥をかく」ってどういう事なのかを考えてみました。

1:そもそも『恥をかく』とはどういう意味なのか?

辞典で調べると、恥をかくとは「人前で恥ずかしい思いをする」「面目」を失うという意味を持っているそうです。仕事上での『恥をかく』とは後者の意味合いの方が強いのかもしれませんね。ちなみに面目とは、周囲からの評価や立場、名誉などを意味します。どちらも同じような意味ではありますが、自分の中で前者が占める割合が大きいか、後者が占める割合が大きいかで「恥をかく」という感覚は違うのでないでしょうか。

私自身にとっては「恥をかく」という意味は前者の占める割合の方が大きいです。例えば、スピーチをする時に自分が用意した原稿を間違って読んでしまったとか、準備の段階までは上手くいっていた発表が当日パソコンの調子が悪くて上手く動かずアタフタしてしまったとか。そういったあくまで「リカバリー出来る範囲の失敗」に対しての事で「恥ずかしい」という感覚が生まれました。

そこから考えると、逆に後者は「取り返しがつかない可能性がある失敗」に対しての事に近いのではないでしょうか。面目を失う、つまり評価や立場、名誉を失うという事。役職を持っていたり、上の立場にいる人ほどこちらの意味合いが占める割合が多くなるのではないでしょうか。

2:仕事のミスや失敗は恥なのか?

「恥をかいた、かかされた」と聞くことが多いのは仕事上での事が多いかと思うのですが、そもそも仕事のミスは恥なのでしょうか?私は「仕事のミスはミス。恥とは別」であると考えます。誰だってミスをしますし、どんなに完璧に仕事をこなしている人だってふっとした時にミスはしますし、そもそも最初から完璧だったわけではありません。

日本では完璧さを美とし、ミスや失敗を恥だと考える傾向が強いのですが、ミスをしないと「どう行動すれば良いか分からない」んです。ミスをして人は成長するという言葉を聞きますが、それは確かにそうだと思います。けれど成長する前に「ミスした事を怒られて、精神をへし折られる」という事も結構あるんですよね……。

私は怒鳴られたり怒られたりする事が嫌いなので、絶対に他人のミスに対しては怒らないようにしようと決めています。怒鳴ったり、怒ったりされると萎縮して「失敗しないように気をつけよう」ではなく「怒られないように気をつけよう」に考えがシフトしていってしまうんですよ。

怒られないために行動をするので結果的に「進んで何かをしよう」という心が消えてしまうんです。何かすると怒られるから。「自分はそうやって怒られて成長してきた」と語られた時には、いやいや、怒られたならあなたも今まで十分ミスしてきているんじゃないですか……と。自分にされた事は他人にしても良い、というのはヘンですよね。



3:仕事のミスや失敗の恐怖の乗り越え方

仕事のミスや失敗に対して恐怖感を抱いている人は大勢いると思います。その理由の一つは先程も挙げた通り「怒られる」事も入っているのですが、失敗を怒られる(責められる)から・会社や他人に迷惑をかけてしまうから・自分は駄目な奴だと思いたくないから大体はこの三つなのではないでしょうか?私は打たれ弱い方なので一度失敗すると立ち上がるのに時間がかかるタイプです。なのでこの三つは結構心にきます。失敗を何とかしよう、頑張ろうと思っていても、心が折れてしまいますよね。

でも失敗をしない方法なんてものは実はないんです。どんなに完璧にこなした、こなそうと思っていても、失敗は起こってものなんです。なので自分で出来るのは出来るのは失敗を減らすことなんですよね。

失敗を減らするためには「メモを取る」「報連相をしっかりする」「分からない事は質問する」という行動をしっかりとるのが大事。でもそれと同じくらい精神的な面も大事なんです。精神的に落ち込んでいるとするはずのない失敗もしてしまいますから。ですので先ほど上げた失敗に対する恐怖を、逆から考えてみましょう。

 

・失敗を怒られる(責められる)から→真正面からではなく、少しずらして言葉を聞こう。

怒るというのは体力を使う事です。ミスに対して怒っているのか、その事で恥をかいたから怒っているのか、それともただのイライラの発散なのか。怒りに含まれる感情は人によって色々あるでしょうが、とにかく怒られているという思考を少しずらして考えましょう。

怒りというのはパワーがありますから、真正面から言葉を受け止め続けるとダメージが大きいんです。なので「自分は怒られて(責められて)いる」という考えから「この人は何に対して怒っているのか」にスイッチして考えます。どうして失敗してしまったかを考えるのは落ち着いてからで良いんですよ。ダメージが大きい時に考えても、余計にパニックになってしまうだけですから。心を落ちつけられた時に考えて反省するのが一番です。

・会社や他人に迷惑をかけてしまうから→誰だって会社や他人に迷惑をかけた事はある。

先ほども書きましたが、失敗したことがない人なんていないんです。誰だって何かしら失敗をしているんですよ。人の命に関わる事だったり、会社を倒産させるレベルの大失敗なら話は別ですが、そうでないなら取り返しがつかない事はほとんどありません。やろうと思ってした失敗でない事は自分自身が一番分かっているんです。大事なのは失敗したときにどう取り戻すかです。

私もドライブインで働いていた時に、予約の時間を逆に入れてしまった事がありました。その時はもうこの世の終わりかと思うくらい青ざめました。失敗で迷惑をかけてしまった。どうしよう。そうパニックになっていても、何とかするしかないんです。他の同僚にも迷惑をかけてしまいましたが、それでも何とかするしかないんですよ。それで何とか出来た後で、やはりお叱りは受けました。それでも「何もしなかった」より「何とかなった」の方が、迷惑をかけた人からの印象も、自分の心へのダメージも大分違います。

・自分は駄目な奴だと思いたくないから→もともと自分は出来る奴だったのか?

私はそもそも、最初から何でも出来る人はいないと思っています。もし「凄い人だ!」っていう人を見ても、それは自分に出来ない事がするっと出来てしまうからスーパーマンに見えてしまうんですよ。

私は失敗が続くと「自分はこんなに出来ない奴だったのか……」と落ち込む事がよくあります。でもよくよく考えてみると、自分ってそんなに何でも出来る人間ではなかったんですよね。私は出来る事、もしくは出来るようになった事しか出来ない人間です。出来るようになった事も何度も失敗したから出来るようになった事。つまり、失敗して悩んだから出来る事があるんです。

つまり自分が失敗して悩んだ事=それはその分自分が「スーパーマン」になれるチャンスなのではないでしょうか?何の失敗もしないまま来た人には、失敗した時の対処法は分かりません。失敗しない事は良い事ではあると思いますが、同じくらい失敗した時に対処できる事は大事な事だと思います。あなたは失敗を対処できる人と対処できない人だとどちらが安心感を覚えますか?私は前者です。そういう人は失敗してきたからこそ対処も出来るようになったのではないでしょうか。

こう考えると、失敗する事ってそんなに怖い事ではないように思いませんか?だから失敗し続けろ! とは言いませんが、失敗した時にどう動けるか、どう生かせるかが大事だと私は思っています。失敗は決して恥ではありません。失敗して何もせず放り投げる事が恥なんですよ。