ツイッターなどのSNSを利用していると、色々な言葉が目に入りますよね。
優しい言葉、攻撃的な言葉、悲しい言葉。
自分に言われているわけではないのは分かっていても、目にすると何となく感情が引っ張られてしまう。
これって、自分が言われていると脳が勘違いしているから、という話を聞きました。
目次
脳って意外と単純らしい
耳から聞く言葉も同様に、脳って意外と単純なんだそうです。
例えば『〇〇さんのこういう所がむかつく』という話を聞いたとしますよね。
脳ってこの『〇〇さん』の部分――いわゆる主語の部分は分からないそうです。
そうして残るのは『こういう所がむかつく』という部分。自分に言われているものではなくても、自分が言われていると錯覚してしまうんだそうです。
同じく、自分が口にする言葉も同様に、脳には主語が入って来ない。
つまり、気が付かない内に、私達は自分の言葉で自分にダメージを与えていたのかもしれないという事に…!
もちろん愚痴は悪いわけではない
こう聞くと、なら愚痴とか言わない方が良いのかな?
と思うかもしれませんが、溜め込むのも実は良くないそうです。
チラシの裏などに文章に書き出したり、言葉にしたり、そうして苦しい気持ちを吐き出す事は、ストレスを軽減するために必要な事。
そして自分が何に対してストレスを感じているのか、客観的に知る事が出来るために大事な事。
四六時中、愚痴ばかりでは周りから人がいなくなってしまいますので、そこは注意が必要ですが、苦しくなったら吐き出すというのはSNSでもリアルでも全然OKです。
もちろん、人前であまり過激な事を言ってしまうのは、控えた方が良いけれど。
ネガティブなツイートを非表示にしてみた
自分の言葉はともかくとして、他人のネガティブな言葉は少し距離を置きたい。
ふとそう思って、私はツイッターで幾つかの気になったワードを非表示にしてみました。
それから少しして。
「……あれ? 快適だな……?」
という事に気が付いたんです。
ネガティブなツイートは連鎖するもので、関係のない他人までそれに混ざってタイムラインが大変な事に!
自分も履き出す事はあるから、仕方がない事……とは思っていても、やっぱりつらい。
先述の通り、脳が自分の事だと変換して、関係がないのにダメージを受けてしまっていたんです。
ですが『見えないようにする対策』を取ったところ、とても快適で、気持ちまで軽くなりました。
心が苦しいなら自衛は全然OK!
自分も苦しいのに、さらに他人に引っ張られて辛くなるのは、SNSというツールの本末転倒であると私は思っています。
でもブロックしたら怒らせるかも…なんて思った時は、ミュート機能をじゃんじゃん活用したら良いと思います。
オープンになっているSNSで、モラルやマナーを守った上で発言する権利、見る権利は誰にでもあります。逆に、見ない権利だった誰にでもあるのです。
気軽な場所で『苦しい』と思う事は、すでに異常なんです。
『苦しい』『辛い』『見たくない』そう思ったら、距離を取る事。それが自分を大事にするという事でもあると私は思います。